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シュタイナーは、一九〇五年五月七日、H・P・ブラヴァッキー夫人について、次のように述べています。
「はじめ人は、彼女を評価しようとして、その生涯の外的側面をしらべます。しかし或る観点から見ると、H・P・ブラヴァッキー夫人の計り難く重要な霊的使命と、現代の精神運動の中での彼女の偉大な使命という印象によって、一切の外的事情が消え去ってしまいます。
その時、本当にこの使命を深く感得する人にとっては、このわれわれの偉大な先駆者に対して、自分がどのような態度をとるべきかが、そこから、この認識から、流れてくるのです。
その時、このような使命を背負った人間が、必然的に、はじめは誤解を、否誹謗を甘受せざるを得ないということをも観察することを学ぶのです。それはこのような人間が、人生に捧げなければならない供犠のひとつなのです。」
私たちがルドルフ・シュタイナーや出口王仁三郎、出口直の生涯を辿り、やがて内面的真実を深く感得するとき、このブラヴァッキー夫人へ言葉は、そのままシュタイナーや王仁三郎、出口直に捧げるべき言葉となるのではないかと思います。
大本神諭ではこれを「悪く言われて良くなる仕組み」として語られています。
このことは、霊界物語にも
「――前略――
誠を知らぬ知恵学者 この物語見るならば
軽侮の念を起こすあり 脱線文章と笑ふあり
卑近の俗語を列ねたる 半狂乱の悪戯(いたづら)と
初(てん)からこなす人もある 冷笑悪罵は初めから
百も承知の瑞月(ずいげつ:王仁三郎のこと)が
神の御言を畏(かしこ)みて
三五教の真相を 学と知識の解釈で
取違ひたる過ちを 直日に見直し聞直し
宣直させて神界の 誠の道をしらさむと
悪罵熱嘲顧みず 口の車の転ぶまに
筆者の筆のつづくだけ 繰り返しゆく小田巻の
いと長々と記しおく。」
(霊界物語 第二十六巻 第十七章)
など、度々記されています。
私たちはこのような時代背景を前提に彼らの著書に触れるとき、その内容によって神仏や霊的世界を理解するだけではなく、その中に流れる彼らの過酷な使命と深い慈悲を感じ取るべきなのかもしれません。
また、本書の内容は、ルドルフ・シュタイナーと出口王仁三郎という、二人の天才が語った内容に基づいているため、双方をご存じない方には難しく感じられたかと思います。しかし、大本神諭がそうであるように、人は簡単過ぎても言葉に秘められた真意が容易に理解できなかったり、満足できなかったりするものなのです。
したがって、こうした感情についてはシュタイナーが「ヨハネ福音書講義」の中で語った次の言葉を心しなければならないと思います。
「……ヨハネ福音書冒頭の言葉は、だからこそ、簡潔であり、多くの人にとって、理解しがたい言葉なのです。しかし、宇宙における最も深刻な事実が通俗的な言葉で語りうるでしょうか。
懐中時計の構造を理解するのには、知性をもって対象に深く関わることを当然としながら、宇宙における神的存在を理解するのには、単純、素朴な常識で十分だというのは、聖なるものに対する冒涜ではないでしょうか。
現代人は、宗教書の深い内容に目を向ける時、ああ、何という面倒な言い方をするのか、もっと簡単に表現できないのか、といいます。」
また、これまでに筆者が読んだシュタイナーの邦語訳書は、まだ四、五十冊にすぎません(現在は、もう少し読んでます。また、興味深い新刊本も次々出ているので読み進めている途中です)。シュタイナーの論文が三六冊、講義録が三二四冊であることを考えれば、私はシュタイナーについて学んでいることはその二割に満たないわけです。
それに、筆者は本書の原稿を執筆中に出版された『聖杯の探求』を読むことによって、それまでには気づけなかった核心的部分に気付くことができました。そのため、今後翻訳されるシュタイナーの本によっては、さらに具体的な符合を示すことができるかもしれません。
さらに、私が尊敬する人物の一人であるシュタイナーの著書の翻訳者である西川龍範氏は、自身のHPで「母は亀岡から嫁いできた。大叔父(母方の祖母の弟)は透視者だった。」(現在、このHPは閉鎖されてしまっています)と綴られていました。
そして、西川隆範氏にこの本を寄贈させていただいたところ、後日、「・・・・・・祖母は大本の茶会に何度か行ったことがあり、白馬に乗った王仁三郎のことをよく話していました。母の弟は王仁三郎の孫さん(和明氏?)と同級生でした。」 という 内容の愛読者カードをいただき(下画像)、 ここでも改めて出口王仁三郎の出身地である亀岡と、ルドルフ・シュタイナーとの深い因縁を感じさせられることになったのです。
同時に、キリストや弥勒菩薩が現在もこの日本に真理を伝えるべく活発な働きかけをしていることを、私たちは感じることができると思います。
一方、王仁三郎の文献についても、『三境』は何度も読み込みましたが、『霊界物語』は正直なところ部分的にしか注意深く読んでいないため、現在も研究中です。また、一度読んで理解したつもりの部分でも、改めて読み返すと新たな発見があり、以前の解釈が浅かったことを何度も反省するような状態なのです。
さらに、大本神諭についても、実際はすべて平仮名と漢数字で書かれていたため「がいこく」「にほん」「から」などの筆先にも、言霊学と同じように一言多義として読む必要があるといわれています。そのため、現代においてもまったく色褪せることのない強い威光を放ち続け、その中に深い神意が秘められているのが感じられます。それは、聖書や仏典と同様に今後二千年先の未来においても同じことが言えると思います。
本書を出版した後で読んで知ったことですが、実際、王仁三郎も次のように語っています。
「――前略―― 丁度皇典『古事記』を講解釈を致しますと、其の時代々々に応じて、活生命を具備せる予言が書てあります。大正の世の様になって活きて居り、明治初年には、初年の如くに活きた教訓であり、又徳川時代には、徳川時代の活きたる解釈が出来る様になって居ります。是が『古事記』の名分たる所以であります。「御筆先」もそうであります。其人の身霊の相応にとれる。又時代々々によって、活きた解釈が出来る。実に伸縮自在な教である。――後略――」
(出口王仁三郎著作集 第一巻 出口王仁三郎 講話 「弥勒の世に就いて」 大正九年九月十五日)
よって、本書における大本神諭の解釈についても、多義の中の数通りの現代的な解釈に過ぎず、取り違いも多々あると思っています。しかし、こうした読み間違いや取り違いは、吾々が高次の霊層や霊格に進化するまでは、何度となく繰り返される運命なのかもしれません。
その半面で、本書では同一の事象を多義に解釈している部分もあるため、期間を置いて何度か読み返していただければ、以前とは違う部分に新たな気づきを得ていただけるのではないかとも感じています。
本書は、そのような未熟な筆者によって書かれたものですので、解釈の間違いも多々あるでしょうし、聡明な読者の方々に納得いただける内容ではなかったかもしれません。
実際、筆者は世間に誇れるような霊能力や神通力など全くありませんし、日常生活でも本書に込めた理想とは程遠い人生を歩んでいます。そのため、読者の方が「この本の筆者は生意気だ」と感じられるとすれば、その原因は読者の方よりも筆者の徳と断念の修養が足りないためだと反省し、お詫びするほかありません。
また、本書ではそれを考慮し、筆者の多くの失敗と挫折の体験から得た教訓を散りばめながらも霊的聾盲者の分際を弁(わきま)え、全体を通してできるだけ断言を避け、一個人的な仮説や推測(筆先の推量節)として綴ってきたつもりです。
また、本書の内容に優れている部分があると感じられたとすれば、それは引用させていただいた数々の文献が優れているためであり、それを現代的に集約したに過ぎない筆者の人格や霊層とは全く無関係であることを強調しておく必要があります。いずれにいたしましても、筆者が本書を記したことも読者の方が本書を手にしことも惟神(かんながら)とお受け止めいただければ幸いです。
本書はシュタイナーと王仁三郎の符合の発見という、新たな出発点に過ぎないわけですが、本書が僅かでも神々の活動と読者様の信仰生活のお役に立ち、筆者と同様に諸宗教の矛盾に葛藤されてきた方々の助けとなれば幸いです。
そして、出口王仁三郎やルドルフ・シュタイナーの思想が、今まで以上に現代の社会に見直されるための追い風の役割を果たせたとすれば、筆者にとってそれ以上の喜びはありません。
咲杜憩緩